福島の母からの電話が鳴る。
「今日ね、わらび沢山取ってきておひたし作ったのよ。あ、、、。(沈黙)そうだ。私が食べる分にはいいんだけど、、、ううん。なんでもないのよ。ごめんごめん(笑)」
。。。
いやいやいやいや。自分はきっと結婚も子供も手に入れる事はもう出来ないだろうし、それに送ってくれたらありがたく頂くよ。
沢山の課題を残した福島原発。
「沢山飛び散った問題たちはちゃんと回収出来たんですか?」
と問う。
そしてあなたは言う。
「生産者の皆さんは命を掛けて全身全霊頑張っているのです。だから邪魔しないで!」
問題すり替えられてる。。。
いつもそう。
いついつだってそう。
なんだってそう。
コロナで沢山沢山自粛をさせる状況下でのオリンピック開催の話し合いの時だって、沢山の犠牲を払ってまでやるべき事かと問うた時もそうだった。いつの間にか「アスリートは頑張っているのに命を削って一生懸命やっているというのに足を引っ張るな!」と問題をすり替えかれたあの時の様に、いついつだって都合よく誰かと誰かが争うカタチに仕向けられていくんだ。
仕向けられていく事を、無関係無関心で許していく世界がココにはあるよ。
本当ばっか。
そればっか。
実は全部が全部繋がってるのに。
足元を見れば、あれも、それも、これも、全部自分の事、自分の愛する人の事、未来の子供たちに繋がっている事なのに。
「難しいよね。」
「仕方ないよね。」
「一概には言えないよね。」
「それじゃさよなら。」
逃げてばっか。
本当ばっかだよぼんくら。
銃も核兵器も戦争も人殺しも全部そう。『なくせない』『なくせない』と『なくさない』事を結果的に許してる訳ですが、何でもかんでも難しく複雑化して問題をずらされてる事を見逃してはいけないと思う。
そもそも話し合いが圧倒的にないのよね。
それを教育だ文化だと誰かのせいにするのも本当にいい加減やめにしなくてはいけない。
「誰かが悪い!」
じゃなくて、全ては自分を含めて問題があるのよね。自分を抜かして考えるのを今すぐやめて、『この世界を作っている自分をしっかり含めた上で』考えなくてはいけないんだよね。
本当ごめんね、子供たち。。。
ぼんくら大人がしっかりしないと、あなた方はこの先益々大変な事になってしまうね。。。
今日は、僕らが忘れてる?忘れようとしてる?話し合いはタブー?なんだかよくわからない?そもそも興味がない?ぶっちゃけどうでもいい?そんな、『福島の話』をしたいんだよ。
飛び散った口に入れると良くないものが大量に飛び散ったあの日があって。
建物や畑や海にばら蒔かれたそれを回収する作業があって。
回収した土やら水やらが山積みになって。
『置く場所がないから』
と、その土や水を再利用する事を許していくぼんくら。
結局なんの為に袋に詰めて沢山沢山集めたのか、なんの為に容器に詰めたのか、それを再利用して袋が破けた後の事を自分達が死んだ後の事で関係ないと考えない事にしているのかとか、結局自分含めて他人事なんだよねぼんくら。
飛び散ったのは過去の話じゃなくて、現在進行形で飛び散っている、垂れ流しているのに。。。
それでも教室全体で話し合いなどない。。。
想像してみて。
ストーブの上でやかんに入った薬剤が爆発しました。近くの席だけの問題になってる。
教室全体の話だよ。
なんなら学校全体の問題なんだよ。
山や川や森や林や除染出来ていない場所の方が圧倒的に多い事、実は実は地球には雨というものが降って風というものが吹いて、一度除染した場所にも循環するという事なんて、課題だらけで気が遠くなるから考えたくもないもんね(笑)
『置く場所がないから』
そうだよね。
『置く場所がない』んじゃなくて『置く場所を作らない』ってきちんと言うべきなんだけど、
そもそも、そもそも置く場所ないとか行ってる脇で再稼働とかしてしまうぼんくらは本当に救いようがない馬鹿野郎なのかなとか色々考えたりしたんだけど、皆で決めた結果なら、『邪魔だからもう土に戻して海に返して、便利の為に再稼働を賛成』してもいいと正直思っている。ぼんくら世界がそう決めるならそれはそれでありなんだと思う。
ただ、
先ず水は全国の綺麗自慢の海にや川にもきちんと均等に流しましょうぼんくら!飲んでも平気な位なんだからあなたの子供やお孫さんが泳ぐ全国のプールに使うのもいいよね♥️追い焚きしてお風呂も皆で入りましょう!
そこで、少しでも『いやいやいやいや』って感じたならば、、、「お前ふざけてんじゃねーぞ!福島の海ならいいのかよ?」と、自分は言いたい。
自分達の事なんだから、問題を共有する為、流すなら流すで日本全体に流すべきだし、使うなら使うで日本全体の土台に使うべきだと本気で思います。
自分は、夏は毎日毎日毎日毎日飯坂温泉の奥にある茂庭って川に学校サボったりして通って泳いで魚を捕って食べていた。山のキノコやふきのとうやわらびも採って食べていた。
今じゃ見えない線が引かれていて、福島ってだけで色々と差別される訳だから、そりゃあ逆に近隣の県よりも出荷基準がしっかりしていて安全な食べ物も沢山沢山あるでしょう。
でも、山や川や除染出来ない場所で、見なかったことにされているもの、諦めて開き直って「出荷する訳じゃないから、、、。」「自分達で食べるのだから、、、。」と、食べさせられているものが沢山沢山あるのも現実です。
皆の問題なのに、、、なんで美味しいものを汚された上に問題すり替えられててうしろめたいような気持ちにさせられたり我慢させられてんのよ。おかしいよやっぱり。
何で風評被害ってあるの?
「福島の食べ物は美味しい!」
当たり前だっての!!!
世界一なんだよ!!!
問題すり替えんな!!!
「美味い不味いと安心安全をごちゃまぜにして消費者と生産者に喧嘩をさせておけば、やがておおっぴらには話し合いが出来ない状況になってぎゃーぎゃー誰も言わなくなるし平和に勝手になる訳だから便利だわ(笑)」
って?
そればっか。
本当そればっかよぼんくら。
お店で購入するものは手放しに安全なものであるべきだと思う。
その様な世界にすべきだと思う。
じゃあ、手放しに安全なものしか売っていない仕組みを作る為には何が必要なの?この先検査しなくていい様にする為には何が一体何が必要なのさ?
引き算だよ引き算。 聞こえないからボリュームを上げるんじゃなくて、周りの音を少し削るだけで世界は変わる!
ぼんくらは真剣に話し合いをしなくてはいけない。
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